交通事故に遭った私の骨折日記と色々

交通事故で骨折をした体験と日常です。

事故当日③

2020年2月○日

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2ヶ月間の入院という事実にショックを受けてからずっと私のメンタルは落ちに落ちた。

家に帰れないのはもちろん辛いが、産んで2ヶ月、やっと子育てにも少しずつ慣れてきて楽しみはじめた愛しい我が子の成長を2ヶ月見れないなんて…

正直メンタルが相当落ちていたので、ここから少し記憶が曖昧なことが多いが、確か入院する病棟に上がる前に両親が到着して、一緒にエレベーターに乗った(もちろん私はベッドで)。

そしてこの時知らない男女がエレベーターに同乗してきた。

「すみません…」という女性。
ん?とした表情をした私。
すると男性を示しながら「運転していた者なんです…」と。

この時あぁ確かにこの人だ!と、事故後に見かけたトラックの運転手と同一人物だと気がついた。

どうやら女性が雇い主で、男性運転手が仕事中、トラックを運転していたら今回の事故が起こったということだった。

とてつもない悲しみに怒鳴ったりする気力もない。
ただ一言
「こどもの成長を2ヶ月間、そばで見られないのが本当に辛い」
とだけ言った。


入院した病棟が産婦人科病棟だった

病室に着くと看護師さんから色々と聞かれたり書類にサインしたりした。幸い利き腕の右手は無事なのでここは自分でサインできた。

この時メイクをしているかと確認された。

普段は少しの用事ならすっぴんで出かけるのに、この日は産後はじめてメイクをしていた。

看護師さんが売店で拭くタイプのメイク落としを買ってきてくれて(お金はもちろん支払った)、メイクを拭き取ってくれた。

看護師さん曰く、手術前にメイクを落とすのは術後など体調が悪い時に顔色からも変化がわかるようにするためとの事だった。

また、緊急入院で整形外科のベッドが空いていなく、1日だけ産婦人科病棟に入院することになった。

メイクを落としたり色々と世話をしてくれた看護師さんは看護師兼助産師さんだった。

この看護師さんが
「ここは分娩もしている病棟だから、おっぱいのケアとかも心配しないでいいからね!」
と言ってくれて少しホッとした。

のちにまたそのことについて書きたいと思うが、1日だけでも産婦人科病棟に入院できて、母乳のことや子育てのことなどを助産師さんや看護師さんに相談できたことは本当に本当に救われた。

はじめての手術

そうこうしている間に手術の時間になり手術室のある階までエレベーターで移動することになる。

家族も一緒に同乗していて、まだ何もわからない息子に
「ママ頑張ってくるからね!」と言った。
頑張るのは私ではなく先生である。笑

また、この日は子育てに忙しく、朝から食べたのはグラノーラを少しだけだった。
飲み物も家を出発前に口にして以来飲んでいない。

それでも胃に少しだけ食べ物が入っているため、リスクは多少あるが全身麻酔で手術を行うことになっていた(神経ブロック注射も併用)。

手術室に入ると手術室担当の看護師さんが2名ほど挨拶してくれた。
マスクで目元しか見えないが2人とも美人だ。
看護師さんって本当に美人が多い。

この時どこの手術か確認される。
これは他の患者さんと間違えて間違った手術をしないためのようだ。
「左肘と左足首です。」と答えた。

そして麻酔科のベテランっぽい先生と若い先生が鎖骨あたりに注射をする。これが神経ブロック注射のようだ。

現実逃避したいから早く眠りたいと思っていたら、酸素マスクが口にあてられ、すぐに眠った。


手術は無事終了

手術中私は夢を見ていて、夢の中で
あぁ交通事故に遭ったのは夢だったんだなーって思っていた。

そして手術室の明るい照明のなか看護師さんに声をかけられて起きて現実だったんだと絶望感を感じた。

麻酔から覚めてすぐはあまり記憶がない方も多いようだが、私は色々とハッキリと覚えている。

その時どう思ったのかとか体調はどうだったかとか。

とにかく感じたのが、寒い!!だった。

寒いことを訴えると、
「手術は体温を下げて行うので寒いんです。電気毛布を持ってきますね。」

と布団の中に電気毛布を入れてくれた。

すぐにあたたかくなってきて、むしろ暑くなる…

電気毛布はすぐに取ってもらった。

あともう一つ、1番辛かったのが喉の渇き。
とにかく喉が渇いた。

しかし麻酔で身体の機能が麻痺しているので、すぐに水分を口に入れてしまうと誤飲につながるのでまだ飲めないとのこと。

しばらくしても我慢できずに喉が渇いたので水で口の中を潤して吐き出すことはさせてもらえた。

手術は4時間におよび、2ヶ月の息子と夫、両親はずっとデイルームで待っていてくれた。

あと加害者の方たちも待っていてくれたらしい。
手術が終わったことを夫が伝えて帰ってもらった。

終わった頃にはもう20時くらいになりそうだったので、私の顔を見て家族も帰っていった。

とにかく子どものことが心配でたまらなかったが、
「どうにかなるから。」と言ってくれた。

家族は、父が運転する車でまずは自宅に夫と息子を送り届け、のちに実家に両親が帰ったらしい。

おそらくクタクタだったと思う。

事故に遭った連絡を受けて、父は会社から電車ですぐにでも向かったほうがいいと考えたようだが、母が子どものこともあるから一度車を取りに戻って車で病院まで向かったほうがいいと判断してくれたようだ。

この判断にはすごく助けられた。


事故当日④ - 交通事故に遭った私の骨折日記と色々へ続く

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